土と生きる、生かされる

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はじめての三里塚
たくさんの傷と未来に
向き合う人びとに出逢いました。

ある番組のインタビューで
成田なんか知らない
行ったこともないと
自己防衛のために答えたことを
恥ずかしく思っていました。
そんな私をやさしく迎え
案内していただいた皆さま
ありがとうございました。

辺野古、高江で出会った
先輩方の繋がりも
知りました。

人はひとりで生きている
のではないんですね。

土と生きる
生かされる
農家、畑人

百年耕された土は
京都のお寺の庭に描かれた
砂の模様よりも
美しく輝いていました。

そして島のくらしと
同じようにフェンスが
人びとの暮らしを
分断していました。

三里塚と沖縄を魂で結ぶセツさんの
眠ることになる場で、手を合わせ
歌で想いを伝えることもできました。

また来ます。
多謝。

 

画像に含まれている可能性があるもの:空、雲、靴、屋外画像に含まれている可能性があるもの:空、屋外画像に含まれている可能性があるもの:植物、花、木、屋外、自然

まだみぬ友へ、ともに平和のために

まだみぬ友へ
ともに平和のために
声をあげよう

自衛隊も米軍基地も押し付けているのは日本政府。そしてそれを支持する本土の方々です。まず連帯する皆さんにお願いします。地元で声をあげてください。

今起きている沖縄での自衛隊強化配備民主党時代の尖閣を巡る外交失敗から始まるものです。

野党共闘を求める皆さんは、まず野党第一党の民進に迫り過去のこの過ちを認めさせること。そこが外交によるソフト面からの緊張緩和のアプローチだと思います。在日米軍自衛隊の一体化も同じくです。辺野古新基地建設を進める立場の野党を止めて下さい。

オール沖縄に期待し求める前に本土の人間がやる事はたくさんあると思います。厳しい道のりだと思いますが、どうぞよろしくお願いします。

友情を信じて投稿します。

 

画像に含まれている可能性があるもの:花、空、植物、雲、屋外、自然

画像に含まれている可能性があるもの:空、雲、飛行機、屋外、自然

あ、なんかネットで言われてますが私は三宅洋平🎵好きだし
大袈裟 太郎にリスペクトして共に行動したいと思ってる。
まだ片思いかもしれんけどね

画像に含まれている可能性があるもの:屋外、自然、水

こころあるまだ見ぬ友だち...
平和のためにともに闘おう

 

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台湾にて。

先祖からつづく農家の土地を
無計画な政府の工業化計画に
うばわれそうになったものを
家族ぐるみ、地域ぐるみで
守り抜いた人びと

 

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今朝も同じように啄木を思い出した

今朝も同じように
啄木を思い出した

 

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 「墓碑銘」  石川啄木
われは常にかれを尊敬せりき ...
しかして今も猶尊敬す
かの郊外の墓地の栗の木の下に
かれを葬りて、すでにふた月を経たれど。
実に、われらの会合の席に彼を見ずなりてより
すでにふた月は過ぎ去りたり。
かれは議論家にてはなかりしど
なくてはかなはぬ一人なりしが。
或る時、彼の語りけるは、
「同志よ、われの無言をとがむることなかれ。
われは議論すること能わず、されど、
われには何時にても起つことを得る準備あり。」
「彼の眼は常に論者の怯だを叱責す」
同志の一人はかく彼を評しき。
然り、われもまた度々しかく感じたりき。
しかして、今や再びその眼より正義の叱責をうくることなし 。
かれは労働者・・・一個の機械工なりき。
かれは常に熱心に、かつ快活に働き、
暇あれば同志と語り、またよく読書したり。
かれは煙草も酒も用いざりき。
かれの真摯にして不屈、且つ思慮深きせいかくは、
かのジュラの山地のバクウニンが友を忍ばしめたり。
かれは烈しき熱に冒されて、病の床に横たわりつつ、
なほよく死にいたるまでうわ言を口にせざりき。
「今日は五月一日なり、われらの日なり。」
これかれのわれに遺したる最後の言葉なり。
この日の朝、われはかれの病を見舞ひ、
その日の夕、かれは遂に永き眠りに入れり。
ああ、かの広き額と、鉄槌のごとき腕と、
しかして、またかの生を恐れざりしごとく
死を恐れざりし、 常に直視する眼と、
眼つぶれば今も猶わが前にあり。
かれの遺骸は、一個の唯物論者として
かの栗の木の下に葬られたり。
われら同志の選びたる墓碑銘は左の如し、
「われらには何時にても起つことを得る準備あり。」  

 

写真はオヤケアカハチ
啄木とは関係ありません