今朝も同じように啄木を思い出した

今朝も同じように
啄木を思い出した

 

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 「墓碑銘」  石川啄木
われは常にかれを尊敬せりき ...
しかして今も猶尊敬す
かの郊外の墓地の栗の木の下に
かれを葬りて、すでにふた月を経たれど。
実に、われらの会合の席に彼を見ずなりてより
すでにふた月は過ぎ去りたり。
かれは議論家にてはなかりしど
なくてはかなはぬ一人なりしが。
或る時、彼の語りけるは、
「同志よ、われの無言をとがむることなかれ。
われは議論すること能わず、されど、
われには何時にても起つことを得る準備あり。」
「彼の眼は常に論者の怯だを叱責す」
同志の一人はかく彼を評しき。
然り、われもまた度々しかく感じたりき。
しかして、今や再びその眼より正義の叱責をうくることなし 。
かれは労働者・・・一個の機械工なりき。
かれは常に熱心に、かつ快活に働き、
暇あれば同志と語り、またよく読書したり。
かれは煙草も酒も用いざりき。
かれの真摯にして不屈、且つ思慮深きせいかくは、
かのジュラの山地のバクウニンが友を忍ばしめたり。
かれは烈しき熱に冒されて、病の床に横たわりつつ、
なほよく死にいたるまでうわ言を口にせざりき。
「今日は五月一日なり、われらの日なり。」
これかれのわれに遺したる最後の言葉なり。
この日の朝、われはかれの病を見舞ひ、
その日の夕、かれは遂に永き眠りに入れり。
ああ、かの広き額と、鉄槌のごとき腕と、
しかして、またかの生を恐れざりしごとく
死を恐れざりし、 常に直視する眼と、
眼つぶれば今も猶わが前にあり。
かれの遺骸は、一個の唯物論者として
かの栗の木の下に葬られたり。
われら同志の選びたる墓碑銘は左の如し、
「われらには何時にても起つことを得る準備あり。」  

 

写真はオヤケアカハチ
啄木とは関係ありません